徒然

読んだ本の話とか、考えたこととか、自省と希望とか、生きるために吐き出したいこととか。

「マッチングアプリでより良い相手と出会うコツ」と、地獄

「これね、コツがあるのよ」

 

「へえ、すごい、どんな?」

 

マッチングアプリの話をした。

恋愛目的で不特定多数の人と会うためのSNSというものに全く触れてこなかった私は、彼女の話をどこか外国の話を聞くようにして聞いていたけれど、話は盛り上がっていた。

ただ、まだ昼間だというのになんだか外は暗くて、15時過ぎのカフェはなんだか曇ったように、どんよりとしている。そういえば今日は午後から雨が降ると天気予報で言っていた気がするのに、折り畳み傘を持ってくるのを忘れてしまった。

 

「まずはプロフィール欄をね、しっかり書いたほうが良いのよ」

 

彼女は自分のスマートフォンの画面をこちらに差し向けながら続けた。

 

マッチングアプリって、女の子のほうが登録者数が少ないところのほうが多いの。だから、大して『ちゃんとやらなくても』男の子から誘ってもらえるんだけど、そういう女の子と差別化するためにちゃんと書くの」

 

「そうすると、良い印象を与えられるでしょう?ちゃんとしてるなって」

 

プロフィール欄を私に見せながら、彼女は誇らしそうに私を見つめていて、私が「そうなんだ、どんなプロフィール欄を書いているの?」と尋ねると、「見てもいいよ」少し嬉しそうにスマートフォンを私に手渡した。

彼女のプロフィール欄は確かに「力作」ではあった。

細やかに記載された趣味や、「どういう人と出会いたいのか」、それから休日の過ごし方、あとは、自分がどういう性格の女の子なのか。将来はペットを飼って暮らしたいこと、それからそれから……もうよく覚えていないけれど、そんなことが画面4スクロール分くらいの内容で書かれていた。

 

「すごい、細かく書かれてるね」

 

「でしょう?あとはね、写真をしっかり選ぶことも重要なのよ」

 

彼女は私の持ったスマートフォンを反対側から器用に操作して、自分の写真が写ったページを見せてくれる。彼女の写真はどれも上手いこと「盛れて」いた。

あとは趣味のよくわかる、綺麗な写真が多い。

 

「写真は何枚も登録できるんだ?」

 

「そう、趣味のわかるようにカフェの写真とかを載せてて……」

 

「これを見て同じような趣味の男の子が連絡をくれるんだね」

 

「そうなのよ、もし始めるんなら、写真は厳選したほうが良いに決まってるんだから」

 

彼女の言うことは恐らく当たっていて、実際のところ彼女はたくさんの男の子から連絡を貰っていた。

人のやっていないことを丁寧にすることで、差別化を図り、「いい男の子を捕まえられる」のかもしれない。

でもなんだか、私にはそれがとても悲しいことに思えた。

もっと言うと、「地獄」みたいだな、と思えてしまった。

 

男の子たちがたくさん載っている画面をみたときの印象は「品評会」だった。

恐らく男の子たちも女の子を評価する目線で見ていて、お互いに「評価」しあっている。

そうして、自分の中で「まあまあ私の恋人としては優秀なんじゃないの?」という誰かと出会って、もしかしたら本当に気が合って素敵な関係になれることもあるのかもしれないけど、そこに行きつくまでのこの作業は、一部の人間にとって明らかに地獄だった。

不特定多数の人を「自身の恋愛対象として評価する」ようにできているこのアプリを使うということは、ある種「そういう目線で」相手から評価され続けるということだ。そして、「品評会」には他の応募者たちがたくさんいる。その気配を感じながら生きなければならない。

マッチングアプリをすること自体が悪いということを言いたいのではない。趣味の合いそうな幅広い人と出会うという面では、たくさんの人と出会うという単純な目的でいえば、非常に役立つアプリだと思うし、実際私もその後彼女に言われるがままに登録した。その後全然触っていないけれど。

ただ、やっぱり「結婚をしたい」「彼氏が欲しい」と祈るような気持ちでこれらのアプリを使用することは、やはり地獄のように思える。

 

彼女の根底にある、「いい男の子を捕まえて幸せになりたい」という欲求。

「いい男の子を捕まえて身を固めれば、幸せになれる」という確信めいたもの。

 

それが彼女をこの「女の子としてライバルよりも評価されなければならない地獄」に駆り出していた。

その日の彼女の話のほとんど、「結婚」がメインテーマだったように思う。

 

「はやく誰かと結婚して、落ち着いて幸せになりたいの」

 

ぽつりとそう零した彼女は全然幸せそうじゃなくて、胸が苦しくなった。私は友人としてとても、彼女のことが好きだから。彼女はいつも身綺麗にしていて、流行にも敏感でお化粧にも詳しい、真面目で努力家で、素敵な女の子なのだ。

 

「結婚したら幸せになれるのかなあ?」

 

「それはそうでしょ。えっと、もしかして春名は結婚したくないの?」

 

「それは、うーん……できるならしてみたいかなあ……」

 

それ以上はもう、何も言えなかった。

 

「結婚」と「幸せ」は私の中では明らかに別物だし、「恋人ができること」と「幸せ」も私は別のところに置いておきたい。きっと彼女とその点では分かり合うことができなかったから。

 

それに、結婚して幸せになるにはそれなりに「二人で生きること」に向けた相互努力が必要なはずだ。「結婚」の実績が解放されたところでなんでもかんでも幸せなはずはない。他にも生き方はたくさんあるはずで、でも、どうして私たちはこんなに「結婚」という言葉に重みを感じてしまうのか。これは幻なのだろうか?

そんなことを考えている間に外ではざあざあと雨が降り出した。

 

f:id:non816:20201003115940j:plain

 

私と同じように傘を忘れた人たちが走っているのを横目に、私はそっと彼女にスマートフォンを返してお礼を言う。

私と彼女の間には少しだけ、それでも明らかに距離ができていて、私は「結婚」という単語を憎んだ。この生き方も地獄なのかもしれないと思いながら。